『自作スピーカー マスターブック』シリーズの3冊を読みました。
自作スピーカー界隈ではかなり話題になったシリーズですね。どのくらい売れたんだろう?最近はコイズミ無線などでも販売され一層手に入りやすくなりました。
今回3冊を読んでみての感想とそれぞれの特徴なんかを書いてみました。自分は自作経験だけは長いのですが、いわゆる文系卒で数学も苦手なので想定読者とはちょっと違うかもしれません。そういう視点での感想となる事をご容赦ください。
第一弾はKindle版で読みました。書籍版はA4の大判です。 |
結論から言えばこのシリーズを読んで良かったです。得る事は多かったし、何と言っても視野が広がる思いがしました。とはいえ一読してピンとくるほど簡単じゃないですね。
特に第一弾は難しいです。一見すると非常に平易に書いてあるように見えますが、理解するのは結構時間がかかりました。(今もちゃんと理解できてるとは言えませんが・・・)
中級以上向きとはいえ、第3弾は初心者にもオススメ!
実際この本の対象者は『自作スピーカービルダー中級以上』とされています。ただ3冊それぞれ微妙に違いがある気がしますね。
中級というのが具体的にどの程度かは議論があると思いますが、私が思うに自作スピーカーを数セット作ってみた人でしょうか?
そう考えると第一弾の『測定・Xover設計法 』は明らかに経験者向きです。というのも、基本的に本書のスタンスが『従来の日本の一般的な設計法』に対するアンチテーゼとなっているからです。
それに対して、第2弾・3弾はより広い読者層向けだと感じました。
第2弾『エンクロージャー設計法』は本格的にスピーカー設計をしてみたい人に向けた教科書として最適に感じました。
さらに第3弾『デザインレシピ集』は自作スピーカーに『興味はあるが経験はない人』にとっても見ているだけで楽しめる内容になっています。
この3冊はそれぞれ補完関係にありますが、必ずしも第一弾から順番に読む必要はなく、各人の段階で読みやすいものから読み始めるのをお勧めしたいですね。
※次項から各本の書評になります。まだまだ読み込みが足りない部分も多いです。事実誤認などありましたらご指摘ください。
『自作スピーカー 測定・Xover設計法 マスターブック』感想
最初はピンとこなかったが、霞が晴れるようなカルチャーショック!
『自作スピーカー 測定・Xover設計法 マスターブック』 Kindle版、書籍版がある。 |
シリーズ最初に刊行されたのが本作『 測定・Xover設計法 』です。Xoverと書いてクロスオーバーなんですね。最初はXoverという名前の設計法があるのかと勘違いしてました。
実は本書はもう何年も前に読んでいたのですが、その当時はまだピンとこなかったんですよね。元々はユニットのT/Sパラメーターの測定法を期待して読んだのですが、目的と違っていたのでしばらく放置してしまいました。
本書は2Wayスピーカーを前提としているのでフルレンジ派にはあまりピンとこなくて当然なのですが、そもそも当時は2Wayのメリットがイマイチわかってなかったというのもあります。
レンジ的には十分高音まで伸びているのに、わざわざ費用と手間をかけて2Way化するメリットってあるのかなぁ?と当時は素朴に捉えていました。Fostexなどフルレンジの音が結構好きだったこともあって興味が薄かったんですよね。
その後、必要にかられて2way化する経験があり、改めて本書を読み直すと「なるほど!」感じる点が多く、ようやく読むべき時に来たのだと感じました。
理論と測定方法が続く前半。目的を持たずに読むと迷子になった。 |
前置きが長くなりましたが、本書の内容は大きく分けると『測定』と『クロスオーバー設計』の二つです。スピーカー設計には測定が欠かせないことを根拠を用いて説明しています。
特徴はARTA(LIMP)やSpeaker Workshopなど海外でメジャーなソフトウェアを活用している点ですが、その前提として従来のクロスオーバー計算式による設計法を現実に合わないものとして否定します。
これまでシンプルなネットワーク回路で2Wayを製作した経験のある方はわかると思うのですが、実際は設計どおりの特性にならなず完成後に試行錯誤するというのが半ば常識だった気がします。
本書は冒頭からその理由を説明するとともに、現在では測定器やPC環境の向上によりはるかにに正確なシミュレーションができることを説明します。
ちょっと驚いたのは、クロスオーバー設計のためユニットをエンクロージャーに取り付けて測定すること。まず先に箱を完成させて箱込みの測定値を前提に設計します。これは考えてみれば当然のことなのですが軽いカルチャーショックでした。
でも従来でも、完成後にネットワークの調整をやってるのですからよく考えれば同じことなんですよね。Acoustic slopeやElectrical slopeという概念に最初は面食らいますが、理解できるとこれまで霞がかっていた視界が開けたような感じがします。
測定方法は図や写真を用いて丁寧に解説している。 |
また個人で『総合周波数特性』が算出できるのもとても魅力的に感じました。従来は部屋の影響込みでしか測定できませんでしたが、本書の擬似無響室測定を組み合わせることでメーカー品と同じように素の特性を比べることができます。
とはいえ、本書はあくまでマルチウェイ経験のある(あるいは関心の高い)スピーカー製作者向けです。特に前半は理論や測定方法が中心なので入門レベルの人には退屈でしょう。また測定機材も安いとはいえ合計2万円を超えますのでハードルは高いです。
しかし個人でもメーカー製と勝負できるレベルのマルチウェイスピーカーが製作できるという点ではとても夢がありますね。
ただ、私のような自作経験が長いだけの中高年の読者にとっては少し刺激的かもしれません。馴染みのある従来の設計法やシンプルな1次フィルタに対する否定の仕方は容赦なく、自分が否定されたような気分になります(笑)
また、測定治具の自作も回路図や写真は丁寧で読みやすいのですが、いざ作ろうと思うと意外と面倒です。部材の調達や実際の配線図は省略があり慣れない人は注意が必要です。
内容自体は従来の書籍やネットでも断片的に記述されているものもあるかもしれせん。でも実践的に1冊にまとめたという点で非常に得難い書籍です。
正直言うと自分にはまだまだ理解できていない部分は多いのですが、それでも本書の『考え方』を知るだけでもとてもメリットがありました。自己の段階に応じて長く読み直したい書籍ですね。
2017年4月刊/価格 1,500円(税抜)/A4モノクロ114ページ
著者 Iridium17/発行 SK Audio(同人誌)
URL: https://diy-audiospeaker.sub.jp/product/vol-1/
『自作スピーカー エンクロージャー設計法 マスターブック』
基礎から製作まで。スピーカー製作の最新教科書。
『自作スピーカー エンクロージャー設計法 マスターブック』 Kindle版、書籍版がある |
マスターブック第2弾となる本書も対象者は中級者以上となっていますが、ただ、こちらは第1弾より幅広い読者層を想定しているようです。
タイトルこそ『エンクロージャー設計法』となっていますが、実際には音響の基礎から製作・測定まで幅広く説明されています。前半は理論中心の解説、後半は実際の製作で学びます。まさに自作スピーカーの教科書という雰囲気です。
もし最初にシリーズを読み始めるとしたらこちらを先に読んだ方が良いかもしれません。第一弾は明らかにハイアマチュア向けで本書の内容を前提としている所があります。
逆に第一弾をちょっと難しすぎると感じた人は、ぜひこの第2弾をオススメしたいですね。とはいえ理論部分は、全くの初級者には難しい・・・というか、詳しすぎてやる気を削ぐかもしれません。
フルレンジやバックロードなどを1、2セット作ってみたけど、今度はオーソドックスな2Wayを設計してみたいと考えている人にはピッタリです。知りたいと思った情報や、理論的裏づけが面白く感じると思います。
自分で調べるのは大変な情報も多く参考になります。 |
理論編の後は、実際の2Wayスピーカーを製作する過程を追うように構成されています。こちらは、中級者以上の方には実践的な設計の参考になりますし、初級者でもこのまま製作をして完成させることもできます。製作過程も非常に丁寧に説明されています。
ネットワーク設計や測定についても説明がありますが、当然ながら第一弾の方が圧倒的に丁寧に説明されています。こちらについては第一弾と合わせて読みたいところです。個人的にはT/Sパラメーターの算出法が丁寧でありがたい所でした。
また、実際に製作したスピーカーのインプレッションもあり、作りたいという気持ちにさせるのも良いですね。言葉は知っているけれどよく分からない用語の理解の助けになります。中級者以上の人には既知の事項もありますが教科書として手元に置いておきたい書籍です。
※Kindle版はありますが読み放題対象ではありません。
2018年9月刊/価格 2,000円(税抜)/A4モノクロ160ページ
著者 Iridium17 だし 熊谷健太郎/発行 SK Audio(同人誌)
URL: https://diy-audiospeaker.sub.jp/product/vol-2/
『自作スピーカー デザインレシピ集 マスターブック』
読むだけで楽しく学べる。初心者にもオススメの作例集。
『自作スピーカー デザインレシピ集 マスターブック』 書籍版のみ |
マスターブック第3弾は『デザインレシピ集 』として5種のオリジナル設計の作例集となっています。ある意味上記2冊の総決算ですが、逆にこれが一番初心者向けかもしれません。
小型フルレンジから本格3Wayまで単なる設計図ではなく、実際の設計・製作・測定・インプレッションまで丁寧に解説。読むだけで自然と設計の流れや知識が学べます。
自作スピーカーに興味はあるけど・・・という方でも無理なく理解できるという点ではむしろ初心者向きです。これ単体で設計・測定は難しいですが、本書を読んだ後なら、他の書籍を読んでもスムーズに理解できると感じました。
もちろん、最初から完成された設計図が欲しいという人にも最適です。間違いのない答えがここにはありますし、完成した後にユニット交換や再調整などの自作ならではの楽しみもあります。
また、木材カットの外注を前提とした作例となっているので、自作スピーカーに興味はあるけど木工に興味はないという層には得難い作例だと思います。
作例はネジや端子の必要数まですべてリストにしてくれている。 |
昔は自分も長岡鉄男氏の作例集を読んでは、実際には作れなくてもどんな音かと思いを馳せて楽しんでいました。本書もたとえ製作しなかったとしても読んでいるだけで楽しく学べる設計集となっています。
またフルレンジの作例があるのがちょっと驚きだったのですが、高域調整のノッチフィルターの解説をする過程で、フルレンジの難点が分かりやすく理解できるようになっています。この辺もマスターブックらしい方向性だなぁと思いました。
オールカラーでちょっと高いのが難点ですが幅広く楽しめる書籍ですね。
※Kindle版はありません。
2020年8月刊/価格 3,000円(税抜)/A4オールカラー160ページ
著者 Iridium17 , だし , 髙山秀成 , 大矢秀真 , 熊谷健太郎/発行 SK Audio
URL: https://diy-audiospeaker.sub.jp/product/vol-3/
最後に:製作の指針になる書籍
難解な部分も多いですが、初学者への配慮もあり、ある程度は自分レベルでも理解できたように思いました。今は自分も測定の準備を進めているところです。
TwitterやBlogで活動している方も多く、公式ページでの補足情報なども積極的に発信しているのもありがたいですね。
現在、スピーカー工作の環境は昔に比べて非常に良くなっています。ユニットや部材の種類が豊富で非常に手に入りやすくなり、安価な工具や請負業者など製作環境もずっと向上しています。結果として自作スピーカーのレベルも向上しやすくなりました。
そんな中、工作技術だけでなく理論的な向上を支える本書のような書籍や、それを支える人たちが現れた事は素晴らしいと思います。自作ファンとしてはこの波に乗らなきゃもったいないですね(笑)
もちろん個人的には昔ながらのフルレンジやバックロードなども好きです。むしろ自分はあまりオードックスなスピーカーには興味が薄かったりします。それでもこのような技術的な考えは役に立ちますし製作する上での指針になります。
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