書評『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』感想:つい語りたくなる平成アニメ史は『劇場版 物語る亀』だ。

2020/11/07

アニメ 書評

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 『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』を読みました。

 映画・アニメ感想ブログの『物語る亀』を運営する井中カエル氏の初書籍。平成以降のアニメ史を非常に読みやすくまとめた完全書き下ろしの1冊です。

『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』
井中カエル 著/KADOKAWA刊

 単調な知識の羅列になるのを避け、キャラクターの会話劇でサクサク読ませるのは著者の作劇の力量があってのこと。俯瞰的な視点と、著者の個人的な視点のバランスもいいですね。

 アニメの歴史を知らない若い人たちはもちろん、アニメから離れた旧エヴァ世代初代ガンダム世代にとっても一読の価値あり。時代の空白を埋めるだけでなく、アニメ文化の立ち位置アニメ業界のダイナミックな変化も含めて知ることのできる書籍です。

注意】本書は『はてなブックマーク』の書籍プレゼントに応募して当選した商品ですが、当記事はPRや広告記事ではありません。業務としての依頼や義務は一切なく好き勝手に書いている記事です。


ブログ『物語る亀』の運営者


 著者の井中カエル氏は、映画・アニメ感想ブログ『物語る亀』の運営者。会話形式の映画レビューが特徴で、個人系としてはかなりの大手なので知っている人も多いですよね。

(ちなみにブロガーとしてはずっと『カメ』さんって呼んでたけど・・・カエルだったのね)

 ブログでは運営者である『主』に対して『カエルくん』などキャラクターのツッコミ形式で話が進んでいきます。

 でも書籍では会話形式ではあるものの、キャラクターとしての『』は登場せず、著者の主張はコラム的に分けられて、あくまでキャラ同士の物語で進行していきます。

ブログではブログ主と素朴なキャラクターの会話調が特徴
長文でもサクサク読み進められる
ブログ『物語る亀』より

 ブログ読者としては、その辺のノリの違いを感じて最初はちょっと戸惑うんですよね。それはブログがあくまで『映画作品のレビュー』であるのに対して、本書は『完結する物語』として描かれているからなのかな。

 本書では平成アニメ史の解説と同時に『カエルくん』を主人公にしたオリジナルの物語が展開。さらにブログでは登場しないヒロイン新キャラが多数登場。単なるレビューのための会話劇ではない完結する物語が展開されます。

 ブログファンとしてはこの辺の書き方の違いにも注目ですね。もちろんブログ未読の人でも全く問題なく楽しめますよ。


作家志望だった著者の実力。だから読みやすい。


 ところでブログで会話形式っていうのは最近でこそ珍しくないけど、面白く読ませるのは実は簡単じゃないんですよね。

 読みやすさという点ではメリットがあるんだけど、長文で会話形式をやろうと思うとこれが意外と難しい。冗長になって却って読みにくくなったり、長いだけでスカスカの文章になったりしちゃうんだよね。

 そこが著者である井中氏のすごいところ。というのも『あとがき』にも書いてあるんだけど、彼はもともと作家志望だったんだよね。当初はブログをオリジナル小説を発表する場と兼ねていたみたい。

 井中氏のブログを長く読んでいる人は知ってると思うけど、今でもたまにオリジナル作品を発表することもあるんですよね。氏の作品を一言でくくるのは難しいけど『映像化したくなるような作品』という印象。シナリオ的というか作劇ができる人なんだよね。

外部サイト  一覧を見ると毎年新作を発表していますね!オリジナル小説リスト - 物語る亀


『劇場版 物語る亀』のようなチャレンジ


 ブログでは各キャラを上手に書き分けつつも全てが『著者の一部分』という感じで、全体として著者の主張となるように書かれているんだよね。それに対して本作では著者の主張を一旦離れて一つの物語になっている感じがする。

 だから本書ではより物語的にキャラがキャラ自身を演じている印象ですね。これまでレビューのために演じていたキャラクターが一つの大きな物語を紡ぎ出す。だからこれは言ってみれば『劇場版 物語る亀』ともいえるチャレンジなんですよ。

書籍版で登場するキャラクターたち
『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』より

 そして今回『』がいない代わりに『カエル』というキャラに著者自身が投影されている。あの哀愁を感じるラストシーンはいかにも著者らしいよね。

 本書のタイトル『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』っていうのも、最近流行の異世界転生ものアニメをイメージしているんだけど、それと同時に自分自身の思いをオーバーラップさせている所があるんだろうなと思う。

 いずれにせよ本書は知識だけのブロガーがマネできるレベルじゃないよなぁ。ブログと似たように見えて実は非常にチェレンジングな作品。もちろん編集サイドの支援もあったんだろうけど、彼自身の作家志望としてオリジナルの物語を紡いできた経験が効いてるんだよね。

 まあ「そこメインじゃないから!」って言われそうだけど、ブロガー視点ではそういう所にすごい注目しちゃうんだよね。


エヴァンゲリオンから始めるアニメ史


 そういった物語に乗せて紹介される平成アニメ史なわけですが、最初は『新世紀エヴァンゲリオン』の紹介から始まる。これは近代を明治維新から始めるようなもので非常にわかりやすいよね。

 アラサー世代(おそらく30歳くらい?)である著者から見たエヴァンゲリオンは、非常に整理されていて若い人たちにも理解しやすいだろうなと感じました。

 自分は40代後半なので、当時少年だった著者とは当然見えかたも違うのだけど、もはやエヴァも歴史の1ページになったんだなぁという感慨を感じましたね。

初見では理解が難しい考察も会話形式でわかりやすく解説
新劇場版への予習としても便利
『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』より

 エヴァ放映当時はもう20歳を超えた大学生だったけど、オタク系の友人に勧められて鑑賞したエヴァはとにかく面白くてね。それだけに最終回のガッカリ感はすごかった(笑)ものすごい不完全燃焼だったなぁ。

 自分みたいなライトオタクにはエヴァの世界観を理解するのは難しかったんだよね。当時はネットで考察も難しかったし。あの最終回を見てATフィールドの解釈をするのはライト層にはなかなか難しいわけで・・・一緒に見てたオタク仲間でも『風呂敷広げすぎてブン投げたのかな〜』くらいの感覚でしたね。

 こうやって整理された記述を見ると、その通り!と思う反面、なんか違うんだよなぁ・・・と相反する思いもあって、この辺のめんどくささがリアルタイム世代の悪い所。そういう意味でも少し後の世代からの整理された視点はわかりやすいんだよね。


オタクカルチャーの境目が融解するキッカケ


 ちょっと個人的な話になるけど、そもそも自分にとってロボットアニメの流れは、ガンダムから始まってパトレイバーまでで、その後にエヴァが繋がらなかったんだよね。いまでもエヴァをロボットアニメの系列に乗せるのに違和感があるくらい。

 当時の空気としてオタク向けアニメと、非オタ向けアニメの境目っていうのはなんとな〜くあって、だからエヴァはどちらかというとコアなオタク向け作品として出てきたというイメージだった。

単なる作品紹介でなく時代性とアニメの関係を掘り下げている
『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』より

 でも当時驚いたのは、これまでアニメとは距離があると思われたサブカル系女子の人たちまでエヴァに吸い寄せられていったことなんだよね。

 実際自分の知人でもこれまでアニメの話題なんか全くなかった人たちが、急にエヴァに熱中してて驚いたのを覚えてる。サブカルチャーの一部であったオタクカルチャーの境目が融解して、急速にサブカル全体を飲み込んでいく様子を見ていたんじゃなかいかな・・・と今振り返ると思うんだよね。

 その後、オタクと一般人の境目すら融解して現在につながっていくわけだけど、エヴァ現象はその端緒だったのかな。そういう意味でもエヴァから始めるのは良い選択だと思うし、リアルタイム世代からずれている著者の視点は歴史として語るのにちょうど良い気がしますね。


オタクとアニメのダイナミックな変化を丁寧に説明


 本書に戻ると、エヴァの後にしっかりエヴァ以前のアニメの歴史をさらっと紹介するのがウマイ。そして、新海誠細田守など新しい世代の監督を紹介して、アニメやオタクの立ち位置が変わっていく過程を解説していくのですが、この辺から著者自身のリアルタイム性が強くなっていきます。

 ここは世代こそ違いますが、自分も同時期に経験したものとしてその空気感を感じますね。当時自分も『秒速5センチメートル』や『時をかける少女』に熱中してて、同じ映画を何度も見に言ったのもこの頃が最初だったな。アニメ映画が持つすごいポテンシャルを肌で感じてたんだと思う。

日本アニメの大きな流れだけでなく世界のアニメに関しても紹介されている
『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』より

 その反面、当時の自分は深夜アニメにかなり偏見があって全くスルーしていたんだよね。オタクカルチャーが広がったとはいえ、従来のオタク向け作品はより深化して深夜帯へ移行していた。瞳はさらに巨大化するし、高度なコンテクストの共有が必要になって、興味はあっても手が出せない感じ。

涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『けいおん!』など人気のタイトルの評判は伝わってくるのですが「ああいうものに手を出したら終わり」くらいの偏見は持ってましたね。まさに見てもいないのに食わず嫌いで判断してたわけだけど、かりに当時そんな色眼鏡で見たとして正当に評価できたかどうか・・・。

 40代後半(団塊Jr./氷河期世代)にはそういう人も多いんじゃないかな?まさにかつての自分がそうだったんだけど。そういった人にとっても、抜けているアニメ史を補うにはちょうど良い本になっていると思います。

 ちなみに自分は2012年の『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』で目覚めたのですが、2000年代後半の作品群はかなり後になってから鑑賞してすごさを理解しました。

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異彩を放つ第6章・・・京アニについて


 そして本書で特に白眉なのは京アニに関する記述でしょうね。自分も屈指の名作と思う『映画 聲の形』への言及。この辺りから時間軸は完全に自分とかみ合ってきます。

 そして、1章を割いたあの事件の記述。リアルタイムの手記のような体裁となって他の章とは異彩を放っている第6章。この記述については、まさに自分にとっても同時に体験した当事者として記憶が蘇ってきてしまう。

 本書にもある通り、奇しくも翌日は新海監督の新作『天気の子』の公開日。Twittrでは誰もが期待と興奮で盛り上がっていた・・・その直前のまさかの事件。著者と同じく自分も最初はボヤでしょ・・・くらいの軽い気持ちでいたのですが。

 翌朝の映画館はだれもが葬儀のような沈痛な面持ちに見えました。『天気の子』は全国一斉、同時刻に初回をスタートしたんだけど、これが同じ時刻に同じ思いを抱いて集まったアニメファンにとって追悼であって黙祷のような場になったんだよね。

 別のスタジオにもかかわらずスタッフロールでは涙が止まらなくて・・・でも今思えばこれが新海さんの作品でよかったのかもしれない。少なくとも自分には救われるものがあった。

 関東ではこの日、映画の始まる前の雨まじりの陰鬱な天気が、映画館を出ると嘘のような快晴の青空になっていて、奇跡のような映画とのシンクロに驚いたっけ・・・。

 多くのアニメファンにとっては9.11や3.11と同じくらいの衝撃として記憶されているこの日。これは決して大げさな表現じゃない。まさに自分の大切な人たち、そして『あったはずの未来』が失われた日だったから。

 著者である井中氏とは、特に京アニ作品については非常に共感するところが多くて、それだけにこの章については同士のような気持ちで目頭を熱くして読みました。


『物語る亀』とブロガーとしての自分


 本のレビューというより自分語りばっかだなぁ・・・と言われそうだけど、『物語る亀』というブログはどうしてもブロガーとしての自分を意識せざるを得ない部分があるんだよね。

 まあ実を言うと一時はライバル視(笑)してた時があって、まあ今となっては苦笑なんだけど一種の目標にしてたんだよね。自分のブログは2014年の『たまこラブストーリー』から始めたんだけど『物語る亀』さんは2016年の開始

 当時は『お、新しい人が出てきた。がんばれ〜』なんて思ってたけど、当時はてなブログの勢いが強いことも後押しして『物語る亀』は急成長。とにかくあらゆる記事が検索上位に食い込んでいて度肝を抜かれました。

 それは単に幸運だけじゃなくて、彼の書く速さ、量、知識、熱量・・・どれを取っても尋常じゃなかった。なにが物語る亀だよ・・・『物語るウサギ』じゃないかって(笑)

 自分も負けじと思い入れのある京アニ作品などでは翌日アップを競ってましたが、まあとてもついて行けるわけもなく・・・あっという間にトップブロガーに駆け上がっていく背中をみてため息をついた思い出があります。

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 もちろん彼も万能というわけではなく、萌え系(きらら系)やアイドル系アニメに関しては苦手なようで、論理的に批評はできても本当の意味で楽しめないようで、ファンとの共感の齟齬から度々摩擦を生じていたようです。(ちなみに書籍では萌え系、アイドル系についても丁寧な記述があります)

 とはいえ、苦手な分野でも手広く鑑賞してレビューまで書き上げると言う攻めた姿勢に純粋に感心したんですよね。それに感化されて、自分も苦手と思っていた萌え系日常アニメでも積極的に見るようにしたんですが・・・見事にハマってしまうと言う(笑)効果があったので感謝しかないです。


旗色を鮮明にするから面白い


 そのおかげもあって、ごちうさ、きんモザの劇場版で日常系作品の魅力に気づき、今は『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』を絶賛しています。ちなみにどの作品も『物語る亀』では評価の低かった作品。

 でも逆に『物語る亀』で大絶賛されているプリキュアの劇場版シリーズなどは、正直言うと・・・そこまで絶賛する理由はよくわからなかった(汗)

 でもさ、それがいいんだよね。自分が感想ブログを書き始めてよかったのはそういった別の視点を常に意識できること。

 自分が好きな作品が酷評されている時、怒りやストレスを感じるのは当然なんだけど、他人の土俵で文句言っても虚しいだけなんだよね。こんな時こそ自分が絶賛の旗を掲げるいい機会。

劇場版ラブライブ!』が当初酷評の嵐だった時、その反発をエネルギーにしてこのブログで絶賛評を書きまくった事を思い出します。そう言う時こそ、燃えるし、記事を書いていて面白い! 

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 物語る亀さんの関連で言えば『打ち上げ花火〜』など世間の評判が酷評一色になる中、数少ない絶賛派として旗色を同じくしたことも多かったなぁ。

 彼に限った話ではないけど、同じアニメ好きでもこうやって評価が極端に変わるのが面白いし、その多様性を知ることで却って自分の『好き』を信じることができるようになるんだよね。


最後に:ブロガーが歴史を語る意味


 この本はアニメ史を中立的に羅列したものでないかもしれない。井中カエル氏というブロガーのフィルターを通してみた歴史だ。だからこそ、情熱、悲しみ、迷いという思いが伝わる生きた歴史書になっている。

 研究者でも業界人でもないただの『いちブロガー』の著作に読む価値があるのか?と問う人もいるかもしれない。言ってみればただのアニメファンじゃないか・・・とも言える。

 でもこれほどの知識量と書く力のあるいちファンはそうそういるものじゃない。いちファンの視点でアニメ史を語ることは、まさに私たちアニメファンにとっての歴史なのだ。

 若いアニメファンだけでなく、ベテランのアニメファンにとっても『あーだ』『こーだ』と語りたくなる1冊。そんな作品になっていると思います。


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