2015年1月13日火曜日

オタクだと思っていたらオタクじゃなかった〜オタクの融解と自分のアニメ回帰

 エッセイ的な自分語りでアレなんですけど、最近のアニメは妙に見やすいなとに思っていたんですよね。あまりオタクじゃなくても楽しめるようになってるような。まあ京アニの『たまこまーけっと』とかですけどね。最近話題になった2人の有名ブロガーさんの記事で納得する事がありました。
オタクが融解した、「げんしけん」二代目が、つらい - たまごまごごはん
『たまごまごごはん』のmakaronisanさんは、時代を経るごとにオタクの境目が融解していく様子を、漫画『げんしけん』から読み解き、旧世代オタクの立ち位置が消えて行くモヤモヤを書いてます。
「おれらのアニメ」から「みんなのアニメ」へ――2014年末から見た『涼宮ハルヒの憂鬱』-シロクマの屑籠
それを受けて『シロクマの屑籠』のp_shirokuma さんは『「大きなお友達」の愉しみが「普通の大人が楽しんでいてもおかしくない」愉しみに変わった』として、過去の作品を例にハイコンテクスト(オタク的な共通前提を要求される作品)な深夜アニメがローコンテクストに変化していく過程を説明しています。
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 大学のオタクサークルを描いた、アニメ『げんしけん 二代目』。すっっごく大好きだったんだけど、あの作品にはこういう見方ができると知って、なるほどなぁと思いました。

オタクだと思っていたらオタクじゃなかった


 自分は『まんが道』と『火の鳥』を買いあさり、手塚治虫藤子不二雄こそ王道と考えていたタイプだったので、『萌え』などと言うものはずっと邪道だと思ってたんですよね。起承転結の無い四コマ漫画なんて漫画への冒涜くらいに感じてたし。

 アニメといえば『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』からはじまり、ガンダムは『逆襲のシャア』まででそれ以降は認めない。高校生になって『パトレイバー』にはハマるけど、『エヴァンゲリオン』にはイマイチのれてない、そんなタイプ。まあ40代には結構いるんじゃないかな?と思うけど。(新海誠の作品と『時をかける少女』にはハマった)

 そんな自分はいつしかオタク界隈からすっかり外れた所にいて、自分こそ本流と思っていたのに(オタクの)時代の主流から取り残されていたんですよね。オタクだと思っていたら『オタクじゃなかった』みたいな。本当は『げんしけん』みたいなものには憧れがあったんだけど・・・。

 でもハルヒだのらき☆すただのけいおんだの・・・全く理解できなかった・・・というか理解しようともしなかったですよね。ましてアイドルアニメなんて気持ち悪い・・・とすら思ってたからなぁ。昔のアニメは良かった・・・いまのアニメはオタク向けばかりで・・と嘆いていたっけ。

非オタのアニメ回帰とオタクの融解


 アラフォー世代になって、もう萌えアニメと交わる事など無いととっくに諦めていた時、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』に出会ったんですよね。そして(比喩ではなくて)打ちのめされた。本当に1ヶ月くらい一種の変性意識状態にありましたね。その流れで深夜アニメを見るようになって。そこで、とうとう自分も『オタクに開眼』したのだと思ってました。

 でも違った・・・上記のブログを読んでようやく理解できました。自分がオタクのコンテクストを理解できたんじゃなかったんだね。アニメの方から寄ってきたというか。

 きっかけは確かに『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』だったけれど、元々のハードルが大幅に下がっていたんだな。そこに流入してきた一般層とは自分そのものじゃないですか・・・。

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 萌え絵に対する抵抗感も、単に慣れの問題で見やすい作品を何度か見ればすぐに乗り越えられるわけで。結局自分がオタクになれた訳ではなくて、アニメの方が自分たちの方に向けて作られるようになっただけ、という点で一抹の寂しさを感じましたね

 『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ』は自分の高く積み上がった偏見をぶち壊すだけの熱量を持っていた事は確か。ただ、この作品もまた(オタク的な意味で)ローコンテクストだったのかもしれない。(もちろん技術・表現的に文脈を知っているとより楽しめるし、そこにも感動したんだけど)

オタクからの解放?


 かつて貴族のものだったフランス料理が貴族制の崩壊によって一般の市民が口にできるようになったと聞いた事があるけど、大げさに言えば一部のオタ貴族だけが楽しむ事を許されたオタクアニメが、オタクの融解によって自分みたいな一般層にも楽しめるようになったとも言える。

 これは旧来のオタク層には寂しさを感じさせるとしても、俺みたいな出戻りオタクにはうれしい事だね。自分のような層を『ライトオタク層』と呼ぶのかもしれない。

 アニメが『オタク』と『子供』の物になってしまい、ずいぶん長いあいだ見るべき物を失っていたけれど、再び自分たちの元に戻ってきた。そして長年の間にアニメはあらゆる点で驚くべき進歩を遂げていた。その成果を享受出来るなら素晴らしい事だな・・・なんて。

40代のアニメ回帰


2012-13年頃に40代のアニメ入門が話題になったときがあった。

私が『謎の彼女X』にハマった理由=安田理央
(都合によりリンクしていません)
僕は40歳で如何にして深夜アニメを愛するようになったか-Kousyoublog http://kousyou.cc/archives/4467

 他にもあった気がするんだけど・・・。これらの記録を見るに、やっぱり同時期に一般層が動いているってことだったんだろうな。自分も同じように、結局は時代の流れに乗っただけ。なにも自分だけの特別な事じゃなかったんですよね。当時はイマイチ認識できてなくて、俺だけかな?なんて思ってたんだけど・・・。

 でも、今まさに一般層に向けられた作品(しかも過去の文脈も知っていると更に楽しめるような作品)が作られているわけで。逆に言えば一番楽しめる層なんだから見なきゃ損なわけです。

 アニメに限らず多くの作品は時代性から逃れられないのだから、今やっている作品を老後の楽しみに・・・なんて事はあり得ないわけで。『現在のアニメを楽しまないのは勿体無いことだ。』とp_shirokumaさんは書いているけど、まったくその通りだなぁ。

漠然とした不安と、幸運への感謝


 ただ、我が世の春は長くない予感もするんだよなぁ。それは再びアニメが変化してついて行けなくなるのかもしれないし、自分自身の感性の衰えによってついて行けなくなるのかもしれない。

 ただ、かりそめの春だとしても、今、扉が開いている時に居合わせて感動する作品に出会える幸運に感謝したい。まあ、大事にしすぎてレコーダーに溜まる一方なんですけどね。早く見なくては・・・。

※ちなみに『みなみけ ただいま』は全く理解できなかったがこれはやはりハイコンテクストなんだろうか・・・単なる好みの問題だろうか・・・。

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